「今年は昇給させる余裕がないから、評価を少し下げておこう」
そんな判断をしたことはないでしょうか。
実はこれは、中小零細企業の人事制度で陥りがちな落とし穴です。
原因の多くは、大企業向けの賃金制度や評価制度を、そのまま取り入れていることにあります。
この記事では、業績の変動にも対応できる「範囲給」の考え方と、「成果」「能力・スキル」「姿勢・態度」の3つの評価軸、そして評価制度を形骸化させない運用のコツを解説します。
人事制度全体で失敗しないためのポイントは、以前の記事でまとめていますので、あわせてご覧ください。
【関連記事:中小零細企業に適した人事制度の作り方と失敗しない運用のコツ】
1. 中小企業の賃金・評価制度によくある課題
小さな会社では、従業員の給与を明確な基準なしに、その都度の判断で決めているケースも珍しくありません。
評価についても明確なルールがなく、経営者の印象で決まっていることが多いでしょう。
それが必ずしも悪いわけではありません。
ただ、組織としてしっかり機能させるには、一定のルールがあるほうが望ましいでしょう。
従業員にとっても、「どうすれば評価されるのか」「どうすれば給与が上がるのか」は大きな関心事です。
とはいえ、大企業の制度をそのまま真似ても、小さな会社ではうまく機能しないことが多いのが実情です。
その理由は、会社の規模や業績の安定性によって、合う仕組みが大きく異なるからです。
まずは、人事制度の基本的な仕組みから確認していきましょう。
2. 人事制度の基本|等級・賃金・評価の3つの要素
人事制度は、次の3つの制度で構成されています。
- 等級制度
- 賃金制度
- 評価制度
等級制度とは、「今のあなたのランクはこれくらいだ」という基準のこと。
例えば、3等級だった人が、仕事ができるようになって4等級に上がる、というイメージです。
賃金制度とは、「今の等級や仕事内容なら、給与はこれくらいだ」と決める仕組みです。
評価制度とは、「今期の成果やスキルから見て、Aランク(70点)だった」というように評価する仕組みを指します。
この3つが連動して、はじめて人事制度として機能します。
このうち、本記事で取り上げるのは賃金制度と評価制度です。
3. 中小企業の賃金制度は「ガチガチに決めない」
小さな会社の賃金制度で大切なのは、ルールをガチガチに決めすぎないことです。
号俸表のような硬直的な制度がうまくいかない理由
公務員や従来型の大企業では、「号俸表」(等級ごとに支給額が細かく決められた賃金表)が使われることがあります。
「この等級になったら〇〇円」というように、給与がかっちりと決まっている仕組みです。

しかし、小さな会社でこの方法を取り入れると、うまく運用できない可能性が高いです。
小さな会社の業績は、毎年変動するのが当たり前だからです。
赤字の年や、利益が少ない年もあるでしょう。
そんな時に、「評価がこうだったので、表のとおり必ず昇給します」と言い切るのは、現実的に難しいはずです。
評価はしたけれど、支払うお金がない。
そうなると、経営者は評価そのものを変えてしまいがちです。
本当は80点の評価だが、評価どおりにすると昇給しなければならない。
しかし、今はそのお金がない。
だから評価を60点くらいにして、昇給なしでお茶を濁そう、という具合です。
これでは評価の意味がなくなり、従業員からの信頼も失ってしまいます。
柔軟性を持たせる「範囲給」という考え方
そこでおすすめなのが、等級ごとに給与の上限と下限の「幅」を持たせる「範囲給」という考え方です。

等級に応じて給与の範囲をあらかじめ決めておき、その範囲内で一人ひとりの給与を決める仕組みです。
この方法なら、「評価すれば必ず昇給する」という一律の図式にならず、業績に応じた柔軟な対応ができます。
また、「昇格するほどの成果は出ていないが、長く働いて会社に貢献してくれている」という従業員もいるはずです。
そうした人には、範囲給の範囲内で、給与を高めに設定することもできます。
「経営者の判断で決められるような緩い制度でいいのか」と疑問に思うかもしれません。
確かに、経営者の判断に頼りすぎると、従業員の不公平感につながります。
ただ、柔軟にするのはあくまで「賃金の決め方」です。
次の章で解説するとおり、評価そのものの「基準」は明確にしておく必要があります。
給与を厳格に決めるより、決められた範囲の中で経営判断ができる余地を残しておくほうが、制度はうまく回ります。
ルールを細かく決めることだけが正解ではありません。
4. 中小企業の評価制度は「3つの軸」で考える
評価制度は、「会社としてこういう人材が欲しい」という考えを、具体的な基準に落とし込むための仕組みです。
評価制度がなければ、従業員は何をすれば評価されるのか、どんなスキルを身につければよいのかが分かりません。
まずは経営者自身が、従業員にどんな人材になってほしいかを明確にすることが出発点です。
評価は「成果」「能力・スキル」「姿勢・態度」の3つの軸で考える
評価の基準は、次の3つの軸で考えます。
成果
会社への目に見える貢献のこと。
例えば、営業職なら「個人売上3,000万円の達成」、そのほか「担当プロジェクトの成功」などが当てはまります。
短期的な業績アップに直結する軸であり、評価の対象とするのは当然です。
能力・スキル
仕事に必要な能力や技術のこと。
コミュニケーション能力や論理的思考力(ロジカルシンキング)といった汎用的なスキルや、業界特有の専門的なスキルが含まれます。
中長期的な成長の土台となる軸です。
大切なのは、備えているだけでなく、実際の仕事で発揮できているかどうかです。
難しい資格を取得しても、仕事で使わなければ会社への貢献にはなりません。
スキルを仕事に活かし、成果につなげているかで判断します。
姿勢・態度
仕事に向き合う姿勢や、日々の行動のこと。
例えば、「他の従業員と円滑にコミュニケーションを取る」「元気に挨拶をする」といった基本的な行動でも構いません。
会社の文化や雰囲気を左右する軸です。
姿勢・態度は、スキルとは違い、「できるかどうか」ではなく「やるかどうか」で見るものです。
「明るく元気な職場にしたい」「まずは遅刻や欠勤をなくしたい」といった目標を定めたうえで評価します。
最初からすべての評価軸を入れる必要はない
3つの評価軸は、一度にすべてを制度に組み込む必要はありません。
例えば、最初の1〜2年は姿勢・態度を重視し、その後にスキルや成果を評価に加えていく、という進め方も有効です。
実際、経営者と話していると、「まずは姿勢の評価を重視してほしい」と即答されることがあります。
そうした会社は、従業員同士の人間関係や、ルールが守られないことに悩んでいるケースがほとんどです。
スキルや成果ももちろん大切ですが、社会人としての姿勢という土台がなければ、会社そのものが脆くなってしまいます。
姿勢・態度を優先するのは、理にかなった判断です。
5. 評価制度を形骸化させない運用のコツ
評価制度は、作って終わりではありません。
立派な制度を作っても、運用でつまずき、形骸化してしまうケースがよく見られます。
形骸化の原因は「制度づくり」に力を入れすぎること
形骸化してしまう大きな原因は、評価項目や評価基準の作成に力を注ぎ、その後の運用がおろそかになることです。
半期に一度の評価のときだけ制度を思い出す、という状態では、従業員の行動はなかなか変わりません。

毎月の振り返りで、評価項目を日常的に意識させる
形骸化を防ぐには、力を入れるポイントを「制度づくり」から「日々の運用」に移すことが大切です。
具体的には、毎月ミーティングを行い、評価項目の進捗を確認します。

この話をすると、「毎月ミーティングをするのは時間的に難しい」と言われることがよくあります。
しかし、定期的に確認する仕組みがあるからこそ、能力は着実に伸びていきます。
毎日体重計に乗るからこそ体重を意識できる、ダイエットと同じ理屈です。
半期に一度、評価のタイミングだけ確認しても、成長にはつながりにくいでしょう。
時間が取れない場合は、簡単な報告でも構わない
とはいえ、毎月時間を取るのが難しい会社もあるはずです。
定期的な確認の目的は、従業員自身が日々評価項目を意識し、成長に向けて行動できるようにすることにあります。
そのため、ミーティングという形にこだわる必要はありません。
従業員に簡単な形式で定期的に報告してもらう方法でも、目的は果たせます。
大切なのは、評価項目を忘れないよう、定期的に進捗を確認し続けることです。
6. まとめ|賃金・評価制度は「柔軟性」と「運用」が鍵
今回は、中小企業に合った賃金制度と評価制度の考え方を解説しました。
ポイントは次の2つです。
- 賃金制度は、範囲給で業績に応じた柔軟性を持たせる
- 評価制度は、3つの評価軸を定め、毎月の振り返りで形骸化を防ぐ
何より大切なのは、以前の記事でもお伝えしたとおり、何のために人事制度を作るのか、その目的を常に意識することです。
目的を見失うと、制度を作ること自体がゴールになり、形骸化を招きやすくなります。
実際の制度設計では、自社の状況に合わせて、さらに細かな検討が必要です。
従業員と会社がともに成長できる仕組みづくりに向けて、ぜひ参考にしてください。

